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平成から令和へ。

 元号が平成から令和に変わりました。

皆さんはもう慣れましたか?
私は生活や仕事の面では特別に変わったことはなく、
今まで通りなんですが、

書類などに「令和」と書いたのは、まだ1回だけで、
その意味では令和という文字そのものには
まだ慣れていないように思います。

平成になったときには、そう深く思わなかった事を、
この度は考えました。

平和であるという事の中に入るのですが、
災害が起きませんようにと強く願いました。

最近続けて、交通事故や子どもへの虐待のニュースが
流れ、暗い気持ちになります。

私はほとんどテレビは見ないのですが、
先日たまたまテレビをつけると、
医師の鎌田實先生が出ていらっしゃいました。

鎌田實先生は、40年以上も前から長野県の諏訪中央病院で、
地域包括のケアの先駆けとなる治療や指導をなさり、
当時脳卒中ワースト1だった長野県を日本一の長寿県へと導いてくださった
先生です。

私自身が長野県出身ですが、
今でこそ漬物は洗って食べる、具だくさん味噌汁など、
普通になりましたが、早い時期から、
母や祖母は実践していました。

その先生が、番組の最後の方で、
3つの事を話されていました。

①貯金より貯筋

②誰かのために

③にもかかわらず

です。


①については人の死因の4〜5番目あたりは、
肺炎や老衰がくるらしいのですが、
肺炎の中でも誤嚥性肺炎は、顔や口の筋肉の
衰退に関係しているし

老衰も筋力の衰えと関係が深いということで、
筋肉をつけておくことが大切ということ

②いくつになっても誰かのために役になっていると実感できること
が幸福な人生を作るということ

③は高齢にも関わらずとか病気があるにも関わらず。。
という気持ちが大切であるというお話でしたが、

鎌田先生ご自身は、実の親に育ててもらうこと無く、
引き取られ育てられたそうですが、

その育ての親からは、
貧しいにもかかわらず、
実子で無いにも関わらず、
という事を全く感じさせられる事無く育ち、
大学入学の時に自分の両親は実の親では無かったことを
知ったそうです。

鎌田先生は、逆境や困難があったとしても
それに負けること無く
生き生きと暮らしてほしいというお話をしていらっしゃいました。

鎌田先生は、地域医療に携わる他、
チェルノブイリ原発事故後のベラルーシの放射能汚染地域や
イラクの小児病院への支援も続けていらっしゃいます。

70才過ぎても現役でしかも勢力的に活動されているお姿に
感動を覚えました。

〜にもかかわらず・・・
いい言葉ですね。


書籍も多数執筆されています。
読んでみたいともいます。